昭和44年8月18日 月次祭
夏の祈願祭が、明日、明後日に迫っておりますが、明日はその前夜祭、どうぞひとつ、本気で一心に今度の御大祭いわゆる祈願祭を、ほんとに、祈願祭らしい祈願祭に、おかげをこうむりたい。
どうでしようか、皆さんの今度の祈願祭には、どういうような祈願を持って、自分の祈願の中心としょうかと、もう心が定まっておるでしょうか。
ただ夏の御大祭に参る、暑か、暑かでお参りして、ね、ほて今日は中々お参りが多かったとか、少なかったとか、と言うだけで終わった御大祭では、ばからしいですね。
何のために、あの御大祭がですね、沢山の経費をかけて、たくさんの先生方が集まられて、まあ、いうなら、汗みどろになって、えー御祈念をしてくださり、しかも、私共信者、信奉者の、おー、願いを取りつかめて、えー、善導寺の親先生が、御祈願くださるのでございます。
それを明日の晩は、あー、私が、私が祭主ですから、ね、そのことの・・?願いをさせて頂こうというお祭りでございます。
ですが、前夜祭というのは非常におろそかにされますけれども、やはり前夜祭というたらもう、大祭が始まったと仰るから、私、必ず大祭と同じ、私、お装束をつけて、そしてお祭りを奉仕します。
前夜祭、ね、ですから、いうならば明日は、私を中心にした、お祭りなんです。
ね、明後日は親先生が御祭主をなさる、それも私が祈り願っておることを、また親先生がそれを取り付かれて、神様にお礼を申し上げて、祈願をしてくださるという、お祭りが、・・・?
お取次ぎを頂いてです、今度の祈願祭には私は、こういう一念、こういう祈願を込めさせて頂くという、それこそ、お取次ぎを頂いてです、その皆さんのお取次ぎ頂かれた、その祈願が、願いがね、集まって、いわば火の玉のような、あー、そうぎでん、ともなり、祈願祭ともならして頂くもんでなからなければ、いけないと思うんですがね。
まあ、今晩のお月次祭に参り合わせた方達でも、祈願祭をほんとに祈願祭たらしめるために、ひとつ、本気でおかげを頂かなければいけん。
今日、今晩、みなさん、ここのお月次祭は、八時でございますからね、もうほとんどの人が遅刻じゃないですか。
そして、おかげはおそかとか、おかげは頂かれんとか、ね、夕涼みがてらに出て来るならいざ知らず、ね、月次祭から月次祭までのほんとに、お礼を申していただこうと、というのが月次祭であってみれば、そういうことでよかろうはずがないじゃない。
そういう心がけで祈願祭に望んだところで、大したことはありゃしません。
朝ならば起きれんとか、眠かとかいわれるけれど、夕方ならそげなこと言われる筈はなかじゃないですか。
ね、夕食を一時間か二時間早うしたらいええじゃないの。
それが早すぐるなら、帰ってから頂きゃいいじゃんの。さあ、今日はお月次祭ぞと、一時間早う風呂沸かせ、さあ、ご飯の準備をせろと、テレビでん見ていてから、もうギリギリまで見ていてから、立ち上がって来よる。
というようなことじゃなかろうかと私は思うです。
せっかく信心によっておかげを頂こうと言うのであるから、ね、その信心をおろそかにしたらダメです。信心はおろそかにしていません、月次祭は参りよります、というけれど、ね、参っただけじゃ、おろそか、たとえば、時間に遅れるようなことでは、もうすでに月次祭をおろそかにしとるとです。
だからおかげがおろそかになるのです。
いつまで経ったちゃ同じこと、いくつになったちゃ、らちあかん、
今日は、善導寺の原さんが、前講されました。
気の毒な、あんな素晴らしいお話を、みんなに聞いてもらえないことは、いや、けれどもね、あの話を聞いたところでみんな分からんとおもうです。
あまりにも高度だもん。信心が、ね、だから今日はひとつ、皆さんに向こうた話をさしてもらう。
原さんがここへ立ってからお話をなさっておる、実にまぁ、現在の合楽では、最高の信心とでも申しましょうか、ギリギリのお話をなさっとたけれども、感動がひとっつも向こうからこう、湧いてこない。分からんのです。いやー、素晴らしい素晴らしいとこ、通りござる、というふうに分からん、分からんのです、だからいくらその素晴らしい話でも分からんなら、なんにならんですからね、皆さんがニコニコするごた話を、少ししましょう。
原さんのね、お話を、私ここで聞かせていただきよったら、終わってから神様にお礼を申させていただいたら、百万両美容院ち頂いた。ね、ここの御信者さんに百万両という美容院があるんですよ。
石川れい子さん、ね、百万両美容院、石川れい子と、頂いた。
はあ、これは石ちゃ硬いもんですから、川ちゃ、まあ、例えばお恵み流れということでしょうけれども、いわゆる高度な、素晴らしいお話と言うのは硬い、どしても、ね、硬いから眠気がつく、分からん、ね、けれどもね、けれどもこういう信心をです、原さんがいましておられると、百万両美容院、ね、もういよいよ、限りなく美しゅうならして頂こうと、ね、ほんとに百万円の現生じゃない、百万円の徳を頂こうと、そういう信心です。
ね、ちっとおかげを、百万円ばっか、ちょっと五十万円ばかり、ちょっと十万円・・?ぐらい、日頃もうほんとに、合楽でどこば話頂きよるじゃろうかと私思う。
ね、ちょいと十万円の現生だというと、もう現生の方へ、おかげのほうへ、ころっと、ねそこを歯食いしばる、ひとつその根性のないもんだろうかと。
ね、今日私朝のご祈念に、ある方が黒めがねをかけておる。ね、それもあの黒めがねをかけたら人相が悪うなりますよね、ちょっとそこ辺の、まあ、アンちゃん達のような感じ、ね、今は女の方達もみんな、はめていますけどね、えー、日よけの面、めがね、そういう感じじゃないんです。
ね、どう見ても、目が悪いからめがねをかけておられるという感じなんです。
ね、毎日熱心に遠いところから、日参して見えられます。
いよいよほんとに御用に信心に、ほんとに真の信心とは、とはという様な姿勢を持って、信心に一生懸命に打ち込んでおられる。
私は有り難いと思うて、それからヒントを頂いて、今朝の御理解を頂いた。
ね、今朝のだから御理解を頂かれた方達は大体分かるだろうと思うんですけどね。
信心する者は肉眼を置いて、心眼を開けとこう仰る。
肉眼を置いて心眼を開けと、肉眼のある間は、ね、それが腹の立つ問題はっやっぱり、腹の立つ問題として見える。聞こえてくる。ね、やはりそこに災難なら災難、難儀なら難儀でもその難儀は、やはり難儀としか見えない、こりゃ、もう、仕方が無いこと。
肉眼で見る、そこで信心する者は、肉眼を置いて心眼を開け、とこう仰る。
ね、ですから、その心眼が段々開けてくることによってです、段々薄らぱっとじゃあるけれど見えてくるようになる。
その方はもう、心眼が開けかかっておるわけです。
・・・?ね、だから、ちいっと目が悪うなりござる、肉眼がつぶれよるもんじゃけん、ちっと、。・・・?
けどもそれは、その肉眼がいよいよつぶれていって、そこから、ね、肉眼が閉じて、心眼を開かせて頂く過程にあんなさるということである。
ね、ですからね、お互いのめざしと言うのは、やはりそこに置かにゃいかん。
今日も先ほどある方が、お参りしてきた。息子さんが地方の高校へ行っておる。
とこらがこちらの、なんですか、えー、何とか高校ですね、が、編入試験が始まった。ね、もちろんその格が違う、こちらも県立の高校に現在、行っておりますけれども、そちらの高校は、格が高いのですから、その編入試験に、どうでも受けたいと、こう言う。
そこで、その先生にお話しすると、こちらを退学してからでるがいかれんちゅう。ね、だから親たちとしては、もしでけんどんするなら、また一年間浪人をせんならん、ばからしいから、というけれども、本人はどうでも受けたい、またそれで、ふんなら、金光様に、でも、お願いをして、お伺いをしてから、というて参ってきた。
ちょうど私が四時の、ここへ出て来ることを待ってそのことのお伺いがあった。
ね、ほいで、私はお取次ぎさしていただいてから、ね、あちらの浮羽高校を辞めて、退学の証書を持って、向こうの試験を受けられるようにと、しかし、こういうところは、やっぱ、しんじ、その便利がいいですね、ん、そしてその、まあ、浪人どんせんじゃろうか、と。私は一心にすがれともいわじゃった。願えともいわじゃった。
神様はただ私に一心にすがれと仰たから。
ね、こんなあの、こう、枡なんかの角、こんこげなふうにしてから、ついでありましょうが、
もうそれこそ水も漏らさん、神様の仰ることは、一分一厘間違いがない。
ね、でけんところは、でけさせて通すと、こう言う。もう先生、そういって頂くなら安心というて帰られた。おそらくでけるでしょう。
皆さん、そういうおかげがよかですか、ね、ところがね、ほんと、言うと、そういうおかげをみんな願っておるわけなんです。
ところがそういうおかげをね、十年続けていただいたところでです、それは億万の金がでけたところでです、必ず、その億万の金がもとで、難儀をしなければならんことは間違いないです。
そうでしょうが、金光大神の徳だけで受けていくおかげなんですから、
ね、今日、東京の双葉さんが、夫婦でおまいりしてきて、あちらでお茶をあげながら色々お話しさせていただておるうちに、ね、始めの間は、この人が、家内が、ね、家内がもうとにかく、この盆に、年に一回、帰られるか指を数えて待つ、あちらも御寿司屋さん、盆の三日間、休まれる。でん、もうわざわざ、遠い、暑い所へ、お前、帰らんでも、こちらで涼しいところで、どっかホテル、旅館にです、そん、温泉にでもね、行こうじゃないかと、言いますけれども、どっーでも里に帰るという。
まぁ、里ちゃそんなにいいもんかと、いいえ、その里だけなら、こげん無理は言わん、ていつも言う。ね、その家内が言うておることがです、この頃少しつづわかるようになりました、ちいう、始めの間は、表まで送って来たっちゃもうここにまできよらじゃった。
表までで引っ張るごったちゃ、こうしてからもう、はいらんっちちから、やしかもんのおるとこでばしあるごと、といいうわけじゃった。
ね、このごろはもうそうじゃない、もうとにかく、今度は飛行機で帰ってきた、帰って来たら一番口、ここへお礼に出てこられるようになって、お話を頂けば頂くほどです、ね、ほんとに例えば一年間なら一年間の間にです、もう、あれもお届けしょう、これも聞いて頂こうと、これも、親先生どうしたらよいかということを、ということ一年間のこと貯めておる。
けれども、ここにお参りをさせて頂いて、ここへ出てくると、先生、何にも言うことがなくなったという。ね、ただ、お礼を申し上げる以外にはないと、その内容にです、主人が段々触れていきよったら、なるほで、こういう素晴らしいところなんだ、やはり家内が、どうでも、ね、夏の、ね、熱海なら熱海あたりにまあ、夫婦で、二、三日ゆっくり遊んでくるのがそれは楽なことは、楽なけれどもです、ね、こういう有り難いものを、いつもここで頂かせてもらいよるから、なるほどということが、私は最近分かりだしたと言う。ね、そして今まではおかげを、おかげとひとっつも思うてなかった。先生このたびはもう私は、こちらへ来るまで、そん、店にたっとりました。
御寿司屋さんですから、ね。それがもう先生あの、お盆前に沢山仕入れてあった、一番最後の幾人かの人達は、俺たちはまるっきり、ここの双葉の掃き溜めみたいなもんだね、といわっしゃった。もうあるものなんでもいいから、握ってくれちいうてから、もうそれこそ冷蔵庫は空になるごと、おしまいになって、こちらへ発たせていただいた、と言ておる。
ちょうど高橋さんが横におられた。私は今日はすし屋さんの対談を一つ、あの、聞きたいと思うた。それから高橋さんをちょっと呼んでもらって、色々まあ、御寿司屋さん同士の話を聞かせてもろうた。
高橋さんところも、今朝から、あちらの徳久さん、職人さんが、今朝から朝のご祈念におまいりしてきてから、今度大将が、盆にはどういう仕入れをさせていただいたらよかろうかと。したらいっぱい仕入れてけ、ということじゃった。からいっぱい仕入れて、こげん仕入れてよかじゃろかと、思うたところが、もう先生、もう、すっきりおかげを頂いた、ちいう。
ね、今日は佐田さんがここで、お届けをされる。先生、佐田与が始まって以来、佐田与の支店が始まって以来、みんな従業員の方達がたまがっとる、もうほんとに今年のお盆というお盆は、最高記録だった。売り上げが、御本部参拝して、三日間でしたか、ね、しとる間はですね、あれだけの店にですね、商いがあっとらじゃったちゅんじゃ。そら、いついつ私がおらんけんでん、もう一度来てくれんの、ちゆうとるなら、そうかもしれんばってん、そいうこともなーんもないのにです、神様の働きというものが、この様なものだろうかと、はっきりはこれは佐田さんたちが、それを実感した。家族中のものが、それをお話をされるから、もう恐れ入ってしまうわけなんです。
同時にこんどは、その盆のたとえば売り上げというのは、ね、もういままでかって、この店が始まって以来の最高記録であったというほどしに、売り上げのおかげを頂いた、とこう言う。
ね、今日私ちょうど、その、御寿司屋さん方とお話するちょっとまえにも、そうやってお茶を頂きながら、えー、いろいろ信心のよもやま話をさせもらいよった。してたまたま何の話じゃろうか、そうそう田主丸の山口さんが参ってきた。
原さんそれから、波多野さん、から、熊谷さん、でしたかね、他に四、五人の方がおりました。
ちようどお参りをしてきてから、今日おお礼参拝させて頂いたという。ね、十日ばか、十四、五日くらい前に、その息子さんと二人で参ってきた。
嫁さんをもらう、御神縁を頂いたら、とても神様乗り気である。いい嫁さんじゃから、まぁ、相談に行けということじゃった。、ね、ところがその相談に行ったところがです、もうそれこそけんもほろろというがですね、もう、二の句がつがれんような、断り方であった。
さあ、それでもうくっとしてから息子さんな、息子さんも、立派な男前です。
又立派なその青年です。ところが、向こうもやっぱ良かったらしい。それでその見合いをしてから、あんまり素晴らしかったもんじゃけん、そう、どうでもこうでも、貰いたいというたけれども、もう、二の句がつがれんような、断り方をしたから、親がなだめてもすかしても、それこそ、まだ神様のご都合じゃろう、マーだよか人があろうから、そげん力を落としなさんな、というけれども、もう、こげーんして、しょげてから、親がそばでそれを見るめがつらいごとある。そんならいっちょ、今日は私と合楽に参らんの、というて、ちょうど福岡から、兄弟で出てきておりましたから、その車で一緒に参ってきた。
そらもう、ほんと生き消沈しちゃある。ほいで私が申しましました、山口さん、あきらめることはいらんが、と私が申しました。
そしたらさっと頭を上げちから、目が輝きだした。ほんのこつですよ。ここにくっときにですね、あきらめることはいらん、と言われただけでも元気が出てきたんですよ。
だから、今日は、ようとお願いしとくから、今までの仲人さんの、誰誰じゃったか、知らんけれど、その仲人さんの上に私はお願いしとくから、もう一辺行かれまいけども、行きなさい。そしたらね、もう一辺でできた。それこそ向こうの嫁さんも、娘さんもこっちがあんまり素晴らしかったもんじゃけん、いく気になったところが、両親が例えばつり合わん、というわけなんです。それは絶対、それはもう、つりあわざわざるは、不縁のもとだから、もうできん、しかもそれは、もう、うちあたりいうごとあっ所に、ちゆうてその、いうなら言い方されたから、もう二の句の告げないような状態じゃった。
ね、ところが向こうも、そいでもう親が断ったもんじゃけん、やっぱ、くっとしておるわけです。
そこへ貰い行ったもんじゃけん、もう二つ返事で、もう日取りまで決まった、というて今日、御礼に出てきた。
ね、そから、なんでだったかしら、あ、そう、内田さんが、そこへおんなさった、先生昨日は、あの、しのだ(?)さんところの姉さんの、おー、いわゆる姪御さんが、もう、それこそ、・・?福岡におられるけれども、合楽の金光様のご威力にはには恐れ入るち、
もういよいよ御産で難しいからろうごたあるときに、合楽のほうを向いて、一生懸命金光様を念じた、今から手術さん送られなんちゅう、・・?にぱっと生まれた。ほいで来たから、話ござる。だという話しをね、ここでされるんです。
ね、それから次々、そのまあ、その喜びの話しがでたんです。
そのしまのさんのあの娘さんが、あー、今熊本に嫁いっとるとが、小野先生ところでお産のおかげを頂いた、ところがもう難産も難産でね、門内の方達がみんなそのお見舞いにいったんです、とこらがあんまりの、その難産にビックリして、もう門内の方達が皆ここに来てから、お礼、お願い参りに見えました。
はあ、小野先生はそりゃもう、電話は、もうかけ続けんごとかけ、ね、もう、とうとうその、気が遠うなってしもうてから、もう難しかちいう、ね、それで、お父さんが、遠かとこ、行っとりましたから、すぐそれを呼び寄せて、それで最後のお別れんごたある気持ちでその、お父さんは行った。ここにお願して行きました。
ね、そしておかげで無事安産のおかげを頂いたんですけれどもです、そん時のことを本人が言うのにです、ね、もう自分はとーい所へ行きよった、ち。そしたら、おーきな坊さんが来てからですね、ずーっとその導いて行きなさる。そしたらその坊さんにもまけないぐらいな、おーきな人が現れてですね、又今度は私を引っ張りなさる、ちょっと見たら、合楽の親先生じゃった、ち。そしたらその坊さんと、合楽の親先生が手で引っ張りござる、そしてから、ほんなもう、親先生がごろごろ、引ぱって行きよんなさるのと、目が覚めたのが一緒、一、同時に赤ちゃんが生まれた。
ね、そういう不思議な世界があるんだ、やっぱり、ね、これも内田さんの姪で、ついこの頃、二人続けて流産した。ね、それで信心はないけれども、とにかく金光様にお参りしてお願いして行けと、というて、お参りしてきた。ちょうど若先生がお取次ぎした、私と家内は、あー善導寺の親教会にお礼参拝して、おらなかった。
ね、そして私共の自動車が着いて、そこに降りたのと、あの人たちの、もう、一行が帰りよりのとが、脇殿の表でぱったり会うた。ね、そん時にです、その誰かが、あー、もうあんた今度安産のおかげ頂くよ、ち、もう奥様と会うたらもう絶対、安産のおかげ頂く、そういう迷信が合楽にある、迷信ではない、迷信、こりゃ、精神です、私の家内がもうほんとに隣知らずの安産のおかげを頂いておる、ですからもう、そのお腹、あー、その、お産のお届けに来たとき、奥さんと会うたら、もう安産ち、もう善導寺様よりきかっしゃる。いやほんなことです、もう絶対です、ね、そけん、わざわざ裏まで会いに行く人がある、それがあなたもう、ござらんと思うたら、表でぱったり会うたもんだから、はーもうあんたおかげ頂くよじゃったところが、まぁ、流産はしなかったけれども、それはもう大変な難産じゃったんですよ。やっぱり。
やっぱり、気が、遠うなってしもうた。ね、そのときにです、たった一辺会うた、私と家内の姿をね、もう、朦朧としておる中にはっきりと頂いたげな、ね、それを頂いたのとですね、その赤ちゃんが、おぎゃちでるのがやっぱり一緒じゃったげな、そしてみえてから、日晴れしてから、夫婦でお礼にでてきた。だからその私達は身の毛のよだつほど素晴らしいことだなー、と思うけれども、本人はそれを、おかげをおかげとは感じてはいないけれど、ね、やっぱりおかげを受けておる。
もう今日は、おかげ話しばっかりしたら、皆さんが、やっぱ眠る人は一人もなかでしょうが。
やっぱ、時々はこの手でいかないかん。ほんとにここに百万円の現生どん積んでから、お話すんならまーだよかろうばってんからね。
ね、ところがね、そういう、たとえばおかげではです、ねっ、そりゃもう、そりゃ、ほんとそん時は助かった、しかし私は思うんですよ、合楽の人達は、ほんとにいよいよきわどい、いよいよんときにですね、いわゆる、幸か不幸かの岐路に立ったときにです、必ず間違いなしにさっきの、その高校に入学のそれじゃないけれどもですね、ね、もう本当にそこに決断が出来る、間違いの無い道を歩かせていただけれる、というだけでも、私は合楽にご縁を頂いた人達は有り難いと思う、ね。
だかから、そういう、いわば、すさましいまでの、働きを持ってござる神様がです、なんのために、苦労させなさるかと、そういう働きをね、自由自在にできなさる神様が、こうして、こんなにも厳しいことであろうかというような、所を見せなさるかと、ね、先日から、ちょいちょい頂きますように、ね、美智子様が新聞記者に対して、浩宮様に対してもその会うスポーツをどうされますかと、どういうふうに、なされますかと、スポーツをさせられますかと、させますと、そして、スポーツの楽しさを味わせると同時に、スポーツの厳しさと、苦しさも同時に分からせます、と仰った。
ね、信心が例えば、ね、お伺いをしたら、こげん儲かった、お伺いしたら、助かった、お願いしてもろうたらこうじゃった、というおかげだけがです、ね、であったら、もうそれこそ、あーたもう、瞬く間に百万長者ができすぎってから困る。
ね、こまるっちそれが、ほんとにおかげを頂きゃいいけれど、それによって、おかげを落とす、それによって、苦しむといったことになるから、それ前に信心の、厳しさと、信心の苦しさをね一つ、信心の厳しい、ね、それをね、例えば汽車に乗るときと思いなさいと、皆さん、八時の汽車に乗らんなら、もう一分遅れたっちゃ、急行どんなら出てしもうとるですばい。
ね、徳の船、徳の汽車に乗らせていただこうと、ね、こうこうで特別の理由がある、
これならば仕方が無い、ね、次の汽車に乗ればよかっち、けれどもです、ね、自分がその気になりゃできることを、しないようなことでです、ね、そういう例えば信心の、私稽古の上に、厳しさを感じさせ、感じんというならです、これはおかしい、涼みがてらに出て来よると言われても仕方が無い。
ね、私は今度の祈願祭にです、ね、もうほんとに、ね、私自身が、私は私自身の願いがある、ね、だから、皆さんは皆さんにそれぞれの信心の過程においてです、様々な願いがあってよいけれどもです、ね、そのね、願いというものが、筋道だった、ね、どうぞ肉眼を置いて心眼を開かせてくださいといったら素晴らしい。
まあ、あそこに、その掲示やら、ご案内やら、書いてございましたでしょうが、ね、神願成就の祈願祭でありたいというような、大きなその願いが打ち出されてあるです。
ですから、それぞれに、その神願成就という、それぞれの氏子一人一人の上に違うんです。久富さんと高橋さんと原さんと三人、ここに並らんどんなさるが、ね、神様の願いが成就するということはそれぞれに違うんです。
ね、ですから、そん願いとするところは、それぞれであっていいんです、ね、けれどもそれがね、神願成就のそれに、通じるかどうかということをです、百万円も欲しかろうけれども、ね、思うごと願うごた通りおかげになることも有り難いだろうけれども、ね、今、そういうおかげを頂いたんでは勿体無いと言うような話を、原さんがなさいました。
ね、甘木の初代が四十年かなんかの記念、あちらの記念祭のときに、ご挨拶があった。
四十年間の間にこれほどの人が助かるようになる、これほどのおかげを頂いたが、安武松太郎が願うたことが、願いどおりになっとたら、現在の甘木は無かった、と仰った。
願いどおりのおかげになっとたら、現在の甘木は無かったと。右と願えば左、左と願えば右、どうしてじゃろうか、あれだけ熱心な信者がどうああしてじゃろうかと、思うようなこともあったけれども、それがこういう力を受けて、こういうおかげを受けてるもとになった、というて、ご挨拶の中にお話しがあったということを聞かせていただいたんですけれども、ね、ですから、そこんところに、信心の有り難さもあろうけれど、もちろんあります、ね、そこに厳しさと、または苦しさもあわせていただかして、頂けれる信心をね、お互い身に付けていかないと、ね、信心がやはり、生き生きした信心にならんち。
ね、いよいよ祈願祭も明日明後日、ね、その祈願祭にほんとにお互いがね、割れるように大払いを奏上させてもろうて、それこそもう、それこそ、祈願の渦という、巻くような
、渦巻くようなお祭りに、おそらくなることだろう、と思うが、その中の一人一人の願いというものは、一人一人違ってもいいんだと。
ね、ある人はね、神様この祈願祭を境に、改まらしてください、願うんなら、これは素晴らしい神願成就の、おかげだと思うですね。ね、私に力を与えてください、御用頂きたいけれど、力なしには御用は頂かれん、どうぞ力を与えてください、という、それが祈願になるならば、それは素晴らしい神様の願いにつながる、ね、神様の願いが成就ん事になってくるための、祈願になるでしょう。
そこは皆さんの、一つ信心で工夫してです、ね、神様からね、笑われるような、祈願祭に成ってはならない。ね、それにはすこしね、もう暑さも、あんまり長いこともありますまい、ここ二、三日なんか、とくに、こう、今日はこんなに暑いけれども、なんとはなしに、もう秋の気配を感ずる。
ね、ですからやはり、夏の祈願祭と銘打ってありますのですから、ね、ほんとに夏の祈願祭らしい、おかげを頂かしてもろうて、ね、私皆さんが思うです、ほんとにこの暑いのに、洋服を着てから、、ネクタイを締めて、もうほんとに皆さんご苦労さまである。
ご苦労さんと、合楽でなから、合楽でなからな見られん、とこういう情景は、ね、ですから、これに対する神様がですね、ご褒美を下さらんはずはなかち。
ね、おそらく、来年当たりはここが冷房完備に、なる、冷房ができるでしょう。お広前が。
古谷さんの、光男さんの、知り合いの方で、冷房やら、れ、冷、あのクーラーですね、冷房機の専門のに商うておられる方が、おかげを頂かれた、お道引きを頂いて、とにかく、その方が始めて参ってきてから、帰り言うことですね、「合楽というとこは、不思議なとこですな、お参りしてから、お祭りを頂くというよりも、帰りのほうが楽しい、」ちいうちゃる。
じーっとあのお祭りの様子を思い出すだけで、先生が一生懸命でこうこうして話された、それを思い出しとったら、帰りのほうが楽しい、ち。二日、二辺目に参ったら、なお楽しゆう成ってきた、奥さんがもう長いあいた休んでおられた。あれも成就、これも願い叶うてきたところが、奥さんが分けも分からん病気になってしまった。
もうそれこそ一家中のものが、もう暗い、淵に沈められたように、毎日暗い思い、もうどこ行とっても、商い行とっても、家内のそのことがひっかかって、どうにもこうにもできない、そこで伊藤さんの話、古谷さんの話を聞いてからお参りされたのが初めてだった。ね、それでお願いさせて頂きましょうというて、お願いさせて頂いたところがね、いわゆる、お医者さんがね、どういう病気であるかということが分からなかったんですよ。ところが、お願いしてから、それから十日ばっかりしたらね、病院,病気,原因が分かったんですよ。
もうそりからというもんな、それこそ薄紙を剥ぐ様な、もう近いうちに退院のおかげをいただけるでしょうというて、この前の月次祭には、それじゃった。
ね、そしてたまたま、そのクーラーの話でしたら、私がおかげ頂きましょう、ということになった。おかげで共励殿と客殿は、おかげ頂いた。客殿のほうは、なんの、いまごろですけん、まあ、半額なら半額ぐらいのがあるけん、ついでに客殿もつけようということになってですね、おかげでクーラーがはいることになった。
来年はどうでもこうでもこちらの方をおかげ頂きたいと。言いよんなさる。
もちろんなんにもかんにも、ただちゅうわけ、そんなことじゃなかばってんね、それこそふんなら、それこそ儲けを、無視したり、ね、または、いろんな、ある意味、それを、その・・?のいるとを、たとえば、御用させてもらうことだったら、ほんとに安ーくなってくる、わけです。
ね、来年などうでんこうでん、このお広前に、そのおかげを頂きたいちゅうござるから、そりゃもうほんとに、そうじゃろうと思うです。合楽の人達がこの暑い中で、こんな修行をさせて頂きよるもん、ね、だから、おなごん人達は、暑かとこ座とってもらわにゃいかん、ちったこりゃ、男ん人だけは、涼しかとこ座わって、ほんのこっちゃ、男ん人達だけ修行しよる。ね、・・?ね、神様はその修行の後にちゃっと、おかげ下さるんですよ。ですからその修行がほんとに、神様に、まあ、お喜び頂けれと言うかね、そういう修行を目指さなきゃいかん。
今日私は皆さんにね、ただその、いわゆる、いわゆるおかげ話である、ね、けども高橋さんの話が出ました。ね、佐田さんの話が出ましたがです、なら、そういうおかげが、ただ、ひとっつも、おかげに酔うておられない、こう、この人達の場合はですよ、ね、まあ、いうならばです、ね、当然のこととしてのおかげが、そしてあらわわれていきよるに、ことであります。ね、ですから、そういう、たとえばおかげを頂く、そういう人達の信心ぶりといったようなものをやはり、こう見てみなければいかん、研究しなければいけん。
ね、そしてそこから、自分達の信心が、なるほどおかげ頂ききらんはずだ、なるほどこれじゃ詰まらんはずだということを一つ分かってですよね、ひとつ本気で、ね、どんなにたとえば、原さんの、あの難しい高度なお話であってもです、ね、はあ、素晴らしか、素晴らしかと、合点していただけるような、皆さんになられたらです、まだ、素晴らしい話がでけたんでしょうけれども、打てども響かない、といったような感じのことになってしましましたが、神様はそのことをです、ね、石川れい子、あまりお話しが硬すぎる、あまりにも高度である、難しすぎると、けどもあれこそが、百万両美容院の今おかげを頂いて行きよるときだと教えてて下さったんです。
ね、それを頂くことがまず先決であるということですね。どうぞ。 大坪かよこ